伊豆榮のご紹介

伊豆榮の歴史

伊豆榮は江戸時代中ごろから鰻割烹ひとすじに歩んでまいりました。
当時の蒲焼屋というものは、大てい葭簀(よしず)張りか小屋掛け程度で、代々の言い伝えによりますと、当店も徳川八代将軍吉宗公の頃に、町中のささやかな商いから始まったと言うことです。

わたくしどももこれを信じ、
伝統ののれんを汚さないように努力しております。

また、現在伊豆栄は、昭和五十九年に改築して面目一新した池の端本店のほかに、不忍亭、梅川亭、永田町店、佐渡天の川荘と、四カ所に支店を出し、それぞれ格別のごひいきにあずかっております。基本的には鰻料理を中心として、ほぼ同じ御献立を出させていただいておりますが、店によっては独自のメニューを打ち出してご用命をお待ち申しあげているところもございます。

伊豆栄旧本店

お折をみては、近くの“伊豆榮”にお出かけくださいまして、わたくしどもが心をこめた伝統の鰻料理をはじめ、お好みの割烹料理をお楽しみいただければ幸いと存じます。
なお、サービスの一環として、マイクロバスによるお迎えを実施しておりますので、なにとぞご利用ください。

マイクロバス

門外不出の技法

鰻をおいしく食べていただく条件は、数えあげればキリがありません。
まず、鰻そのもの。そしてタレ、ごはんのよしあしも大事です。
また、お客様の目に見えないところでは、「裂き」「串」「焼き」が重大三要素といえ、その三要素の中でもとくに決定的なのが「焼き」です。
俗に「裂き三年、串八年、焼き一生」ということばがあるほどで、微妙な味の差が「焼き」一つで出てくるといってもいいほど難しいとされています。

当伊豆栄の「焼き」の技術は、二百数十年の伝統をふまえた上に、代々、名人芸ともいえる腕をもった職人に恵まれ、今日まで“のれん”に輝きを付加してまいりました。 炭の具合と、火の通し方の間(マ)と、それに、煙のまわし方と、そうした秘伝的技法をカン一つで見事にこなし、あのふっくらと香ばしい蒲焼ができ上がるというしだいです。

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